
大学でアスレティックトレーナーの資格を取得し、自身が描く理想を実現するべく理学療法士になるために夜間部に入学した吉田さん。先生と生徒の距離の近さが、東京医療学院進学の決め手になりました。
4年制コース 3年生
(2026年5月現在)
吉田岳大 さん


──吉田さんは順天堂大学のスポーツ健康科学部を卒業後、そのまま専門学校東京医療学院理学療法学科の夜間部に入学されました。まずは、スポーツ健康科学部に入学されたのはどういうきっかけがあったのでしょうか?
高校時代はサッカー部に所属していました。キャプテンも務めていて、いよいよ高校生活最後の大会に臨もうというタイミングで、腰の怪我をしてしまったのです。診断結果は「腰椎分離症」で、いわゆる腰の疲労骨折です。キャプテンとしてはどうしても最後の試合でピッチに立ちたかったですし、「多少の無理をしてでも」という想いもありました。藁をもすがる気持ちで色々な治療院に行ったのですが、良くなることはなく最後の大会が終わってしまいました。そのときに、自分と同じような悔しい体験をする人はきっといるんだろうなと思って。だとすれば、そんな経験をしている自分はそういう人たちの気持ちに寄り添えるかもしれないと思いました。このことが、自分がスポーツの現場で働きたいと思ったきっかけです。
そこからネットで調べてみたところ、アスレティックトレーナーという資格があることを知り、それを取得できる大学へ進学しました。一方で、在学中から「アスレティックトレーナーだけでは食べていけない」とも考えていて、別の資格取得のために専門学校への進学を視野に入れていたのです。大学入学と同時ににコロナ禍に見舞われたのも大きかったと思います。大学に理学療法士や鍼灸師の資格を持っている方がいて、その方々から色々な意見を伺いました。自分自身、いつかは海外で働いてみたいという目標があったので、それを踏まえると理学療法士を取得したほうがそれに近づくことができると思ったのがきっかけのひとつです。
それに加えて、在学中からハンドボール部の学生アスレティックトレーナーとして活動していくなかで、リハビリテーションで選手の競技復帰に携わる機会が多々ありました。そのとき、自分には受傷直後から行われるメディカルリハビリテーションに対する知識がないということに気づいたのです。早期の競技復帰のためのリハビリを主に担うのが理学療法士であることを知り、より専門的に学びたいと思ったこともこの道を目指した動機になっています。

──数ある理学療法士養成校のなかから、吉田さんが専門学校東京医療学院を選んだ決め手を教えてください。
この学校を薦めていただいて、見学会では最初に昼間部を見学させていただきました。雰囲気も良く、少人数制での授業に魅力を感じましたし、その光景を見たことで「自分もやっていけるかな」と思えました。実習や国家試験勉強に対するサポートが手厚いということも聞いていたのですが、見学時に「先生と生徒の関係性がすごく密だな」と実感したので、この学校であればしっかりと理学療法士に必要なことを学ぶことができるなと。専門学校東京医療学院への進学を決めたのは、大学4年の6~7月あたりでしたね。ちょうど学生アスレティックトレーナーとしての活動と、直後に控えたアスレティックトレーナーの理論試験の勉強、そして卒業論文を同時にやっている時期のことでした。
──3年間の学生生活を振り返って、苦労したことを教えてください。3年間で一番印象に残るエピソードを教えてください。
やはり、2年生次に行われた1週間の見学実習の経験が強く印象に残っています。僕が行かせていただいたのは、浅草橋にある永寿総合病院柳橋分院で、訪問リハビリテーションと通所リハビリテーションの見学をさせていただきました。なかでも、理学療法士が利用者さんの居宅に伺って行う訪問リハビリテーションは、とても印象深いものがありましたね。実際に利用者さんがどのような生活をおくっていらっしゃるのか、その生活の一端に触れることができたことや、ご家族との関係性も含めて知ることができたことは、授業のなかで教えていただくだけではイメージが湧かなかった部分も肌で感じて理解することができました。それと同時に、普段の授業の大切さも改めて痛感することができました。リハビリ助手として勤務しているアルバイト先は、スポーツに特化したクリニックですので、全く異なる分野での理学療法士の仕事を目にすることができたことは自分にとっても刺激になりました。

──専門学校東京医療学院の学生は「先生との距離の近さ」「アットホームな雰囲気」に魅力を感じて学校を選んだという方が数多くいらっしゃいます。吉田さんはどう感じていらっしゃいますか?
まさにこの点は専門学校東京医療学院の大きなストロングポイントだと思います。自分が少し早く学校に到着したときなど、玄関口のエントランスであったり事務室前で先生と学生が話し込んでいる姿を目にしては、「本当にアットホームな学校だな」と思いながら通り過ぎてます(笑)。個人的にも、授業でわからなかったことやテスト前の要点整理でも質問してもすぐに返していただいています。専属の先生方がその姿勢であるだけでなく、外部から来ていただいている教員の方々も同様にしっかりと答えてくださるので、それだけでも学校として生徒をサポートする体制がいかに徹底しているかがわかると思います。
──吉田さんは横浜のクリニックでリハビリ助手をされていますので、通学に要する時間もかなりある方だと思いますが、具体的な勉強面での工夫はされていますか?
通学時間は、今は片道1時間半はかかりますし、夜間部ですので当然帰りも遅くなります。自宅に帰りつく頃には22時半くらい。そのため、毎日5分でも10分でも自分でやろうと決めて、それが習慣化できるようになりました。睡眠時間はしっかり確保したいタイプなので、夜遅くまでやることはないのですが、通勤・通学時間の隙間時間をうまく使って勉強しています。それ以外に心がけていることは、「学校の授業で学んだことはなるべく授業内で理解して終わらせる」ことです。そのうえで、わからないことがあったらまずは書籍で調べることを心がけています。ただ、書籍によっては若干記載している内容が異なることもあるので、2~3冊は調べるようにしていて、それでも解決しない場合は最終的に先生方に質問しています。

──吉田さんが目指す理学療法士像や将来の目標を教えてください。
患者さんにしっかり寄り添える理学療法師になりたいという想いは強いですね。高校3年生の自分が感じたような想いをしている人の支えになってあげられるような。そして将来的には、現在夜間部の教員をされている和田桃子先生や、本校の卒業生で以前のアルバイト先である横浜市スポーツ医科学センターで勤務されている彼島奈々さんのように、プロスポーツチームやナショナルチームの現場で活躍できる理学療法士になりたいと思っています。
昨年開催された2025年東京デフリンピックで、デフハンドボール男子日本代表チームに帯同する機会をいただいたことは、その想いをさらに強くしました。理学療法士として話を聞くこと、傾聴することの重要性をあらためて痛感した大会となったのですが、それは間違いなく自分にとって大きな糧になるものでした。
ろう者の方とのコミュニケーションでは、手話通訳者の方に頼り切るのではなく、本当に簡単な言葉ではあるものの自分でも手話を使ってコミュニケーションをとったりして、少しでも選手の皆さんとの信頼関係を築くことができればと思って取り組んでいました。施術の面以上に、そういった寄り添いの部分で気づかされることが多かった大会です。学生の身でありながら日本代表に帯同することができたという経験は、間違いなく理学療法士になってからも活きてくると思います。