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Each Story

専門学校東京医療学院卒業生
横浜市スポーツ医科学センター勤務
彼島奈々さん

在学中から横浜市スポーツ医科学センターで助手として実践を積み、夜間部と大学院を両立し修士号を取得。現在は同センターで理学療法士として勤務しながら、Bリーグ等のトップアスリートを支えています。

My History

彼島さんのキャリアの
あゆみにフォーカス

  • 2023/03
    専門学校東京医療学院卒業
    理学療法の現場デビュー

    長い学生生活を終え、これから理学療法士として現場で働くことに不安も感じる一方で、大きな期待と希望を抱いていました。

  • 2023/04
    ゴールボール日本代表チームに
    帯同開始

    2023年4月より、ゴールボール日本代表チームのサポートスタッフとして関わらせていただくことになりました。パラスポーツの現場に携わるのは初めてであり、競技特性や選手のサポート方法など、日々多くの学びを得ながら活動をスタートしました。

  • 2023/05
    初めての国際大会に帯同

    代表スタッフとして初めて国際大会に帯同しました。試合中には、残り時間を選手へ伝える役割を担当しましたが、伝えるタイミングを誤るとチームのペナルティにつながるため、大きな緊張感の中での経験となりました。国際大会ならではの独特の雰囲気を体感し、責任の重さとやりがいを実感しました。

  • 2023/10
    杭州アジアパラ競技大会
    銀メダル獲得

    中国・杭州で開催されたアジアパラ競技大会に日本代表チームのスタッフとして参加しました。国際大会の舞台でチームを支えることの責任と喜びを強く感じた大会でした。

  • 2023/10
    杭州アジアパラ競技大会
    銀メダル獲得

    チームは銀メダルを獲得し、日本選手団の一員としてその瞬間に立ち会えたことは非常に貴重な経験となりました。

  • 2024/08
    横浜ビー・コルゼアーズ
    メディカルトレーナーとして所属

    2024年8月より、プロバスケットボールチーム横浜ビー・コルセアーズにメディカルトレーナーとして所属。日々の練習やホームゲームに帯同し、選手のコンディショニングやケアを担当しています。プロスポーツの現場で選手を支える立場として、新たな挑戦が始まりました。

  • 2025/07
    横浜ビー・コルゼアーズ
    2シーズン目を迎える

    横浜ビー・コルセアーズで2シーズン目を迎えました。

  • 2025/07
    横浜ビー・コルゼアーズ
    2シーズン目を迎える

    2025-2026シーズンでは横浜アリーナでのホームゲーム開催もあり、これまで以上に大規模な会場での試合を経験しました。多くの観客の声援に包まれる中、選手をサポートできることに大きなやりがいを感じています。

My Story
スポーツに関わるという目標
それを叶えたストイックな姿勢

将来はスポーツに関わりたいという想い

――最初に彼島さんの経歴についてお伺いします。最初はアスレティックトレーナーになるために大学に進学されたということですが、これはどういうきっかけがあったのでしょうか?

 高校卒業後、法政大学スポーツ健康学部に進学しました。この学部のなかのアスレティックトレーナーを目指せるヘルスデザインコースになります。高校生の頃から漠然と「将来はスポーツに関わる仕事に就きたい」と考えていて、法政大学のスポーツ健康学部という選択肢を考えていました。
 私はハンドボール部に所属していてずっと部活を頑張ってきたのですが、高校3年生の最後の大会直前の試合中に前十字靱帯損傷の怪我を負ってしまい、結局出場することは叶いませんでした。怪我直後は症状が重く、すぐに手術ができる状態ではなかったので、ある程度まで回復を待って手術をしました。それでも、リハビリに励んだことでアスレティックトレーナーと理学療法士という仕事のことを知ることができたとも言えると思います。スポーツ健康学部でアスレティックトレーナーの資格を取ることができると知り、ちょうど希望の進学先にそういうコースがあるならと選びました。

将来のために国家資格を取得したい

――2019年3月に法政大学を卒業されて、アスレティックトレーナーを取得された彼島さんですが、そのまま理学療法士の資格を取得するために専門学校東京医療学院の夜間部に入学されました。アスレティックトレーナーに加えて理学療法士も取得したいという想いはどのタイミングで芽生えたのでしょうか?

 大学でアスレティックトレーナー取得のための勉強をしていく中で、より専門的にスポーツの現場に関わる仕事がしたいと考えるようになりました。女性として働きながら仕事をするとなったときに、現実的な判断として、アスレティックトレーナーの資格だけでは将来の安定性の面で不安を感じたからです。やはり、アスレティックトレーナーにプラスして国家資格を取得していた方が、自分が安定した環境で働けるかなと思ったのです。
 大学2年生になったあたりから、医療資格の取得を考えはじめました。鍼灸師や柔道整復師も検討したのですが、プロチームやフィットネスクラブなどでの実務を通じて実践力を養う「スポーツ現場実習」という授業を通じて理学療法士の方と関わる機会があり、アライメント評価や動作分析など、身体機能を根本から捉えてアプローチしていく点に魅力を感じ、理学療法士を目指したいという気持ちが強くなりました。今の職場(横浜市スポーツ医科学センター)の存在を知っていたので、そこだったら働きながらでも学校に行ける環境があるということで、進学先は夜間部にしようと決意しました。

専門学校東京医療学院を選んだ理由

――そして夜間部のある養成校の中から彼島さんが専門学校東京医療学院を選ばれた理由を教えてください。

 専門学校東京医療学院を選んだ理由は、リハビリ助手として現場での経験を積みながら学業を並行できる点に魅力を感じたことと、理学療法士の資格を取得するためのサポート体制が確立されているところですね。他には、実習が夏には終わるということで、国家試験のための勉強時間も十分に確保できるという点も大きいです。昼間の仕事もあるので、自宅から職場、そこから学校までのアクセスの面も考慮しました。

――彼島さんは専門学校東京医療学院在学3年目から日本女子体育大学の大学院にも進学されました。ダブルスクールで同時進行で学ぶことを決意した理由について教えてください。

 理学療法士として臨床を続けていくうえでも研究の重要性を感じるようになりました。研究についてより体系的に学び、今後のキャリアに活かしたいという思いから大学院への進学を決めました。リハビリ助手として勤務していた横浜市スポーツ医科学センターの上司に背中を押していただいたということもあります。  リハビリ助手の仕事、専門学校での勉強、大学院での研究を同時に行うことが茨の道だとわかっていても選んだ理由としては、同世代の友人たちが社会人として働いているなかで学生を続けていたこともあり、私もできるだけ早く社会人としてのスタートを切りたいという気持ちが強く、学ぶのであればまとめてやりきりたいと考えたことが大きかったです。

学びと研究を両立した2年間

――彼島さんは、東京医療学院での学びと大学院での研究の両立をどのように実践されたのでしょうか? とりわけ最終年における国家試験のための勉強と卒業論文の執筆の同時進行という、誰の目にも明らかな過酷さをどう乗り越えられたのでしょうか?

 両立については、職場の昼休みや通勤・通学の時間といった隙間時間を活用しながら、専門学校と大学院それぞれの課題を計画的に進めることを意識していました。すべて合算すると毎日2時間は電車に乗っている時間が生まれていましたので。そして、学校選びのポイントで挙げたとおり、東京医療学院は4年次の実習が夏頃には終了し、国家試験の勉強時間を確保しやすかったことも、その二つを両立できた大きな理由の一つです。
 とはいえ、修士論文提出前と国家試験直前は正直本当に大変で、周囲にまで気が回らない時期もありましたが、専門学校東京医療学院の先生方にもたくさん支えていただきながら、なんとか両立することができたと感じています。やっぱり授業の中でその時間でしっかり吸収すると余計な時間を取らなくて済むので、そういう対策をしっかりしていただきました。
 両立の果てに書き上げた修士論文のタイトルは「女子ハンドボール競技中における高衝撃動作の抽出」というもので、ハンドボールの競技中における高衝撃動作を加速度計を用いて抽出し、どれだけの身体負荷がかかっているかを検討するという内容です。

パラリンピックのゴールボールに携わった経験

――2023年に彼島さんはパラリンピックの競技であるゴールボールの日本代表チームにトレーナーとして帯同をされました。その際の経緯について教えていただけますでしょうか?

 無事に東京医療学院も大学院も卒業し、国家試験にも合格して理学療法士として働き始めた2023年からパラリンピックの競技「ゴールボール」のチームにアシスタントトレーナーとして帯同させていただきました。経緯としては、私の大学院進学の背中を押してくれた上司から機会をいただいたことがきっかけです。
 職場の先輩方でも、チームに帯同されていた方が歴代何名かいらっしゃったので、競技名くらいは聞いたことがあった程度だったのですが、トップレベルの現場で経験を積ませていただける貴重な機会だと感じ、チャレンジすることを決めました。
 ゴールボールとは、鈴が入った重さ1.25kgのボール(バスケットボール大のサイズ)を転がし合い、音を頼りに相手ゴールを狙う競技です。スポーツ競技で使用するボールのなかでもボウリングに次ぐ重さであり、それを片手で投げないといけないため、手首を痛めることが多いうえに、そのボールを全身を使って受け止めるため外傷もつきものです。見えない中でプレーをすることから、どこにボールが来るかは視覚的にわからないので、怪我への対処もできないですね。見えない中で音を頼りに自分からボールに当たりにいって身体でセーブする。本当に勇気を必要とするスポーツだと思います。

日本代表への帯同経験から得たもの

――また、同年のアジアパラ競技大会での経験もふまえて、ナショナルチームのトレーナーとして彼島さんが得たものについて教えてください。

 視覚障害者の方と関わったことが初めてで、そういう方々への理解、そしてパラスポーツへの理解が深まったというところが大きかったです。トレーナーとしては、アジアパラ競技大会を含め、ナショナルチームのトレーナーとしての活動は国内合宿や海外遠征も多く、家族と過ごす時間よりも選手やスタッフと一緒にいる時間のほうが長い時期もありました。長い時間を共に過ごす中で、選手やスタッフと良好な関係を築くことは決して簡単ではなく、信頼関係がなければトレーナーとして頼っていただくことも難しいと感じました。
 アジアパラ競技大会は中国の杭州市で開催されたのですが、海外という特殊な環境下での施術は、自分自身でやれることを見つけていかないといけなかったこともあり、かけがえのない経験になりました。水も違えば食べもの(お米すらも!)も異なり、選手たちもコンディション管理が難しいのは言うまでもありません。選手たちは目が見えないため、「今ここにはこういう食べ物があるよ」というところを私の方から伝えた上で、選んでもらったりもしました。このような経験を通して、専門的な知識や技術だけでなく、日頃からのコミュニケーションや信頼関係を築くことの重要性を学ぶことができたと思っています。

プロスポーツチームで奮闘する日々

――そして2024年9月からBリーグの横浜ビー・コルセアーズのメディカルトレーナーとして帯同も始められました。日本代表のチームとは異なり、今度はシーズンという長いスパンでケアをされていると思います。振り返ってどういう感触を得られてますか?

 私の勤務先の横浜市スポーツ医科学センターと横浜ビー・コルセアーズが業務提携を結んでいることからメディカルトレーナーとして帯同することになりました。これまでも長い付き合いがある中で、今回前任だった上司が異動するというタイミングで枠が空いたことで、私を推薦してくださって実現しました。
 現在は、週1日程度、練習やホームゲームに帯同させていただいています。もともと理学療法士として仕事をするからには、さらに高いレベルでサポートができるようになりたいなと思っていたので、こうしてプロスポーツチームのお話をいただけたのは私自身にとってもとても大きいと思っています。
 Bリーグの1シーズンは約8ヶ月にも及びます。当然、時期によって発生しやすい怪我の種類も変わってくるため、チームのアスレティックトレーナーやストレングス&コンディショニングコーチの方々は、そうした点を意識してプログラムを組まれており、日々勉強させていただいています。

Each Story

東京医療学院にまつわる理学療法士達。
シビアなスポーツの現場で活躍するそれぞれの物語は、臨場感抜群。
これから理学療法士を目指す人達には必見のコンテンツ!

  1. Number 02

    プロスポーツ現場で得た経験を教員の立場で生徒に還元する
  2. Number 01

    スポーツに関わるという目標それを叶えたストイックな姿勢
Sports Cross Talk.

スポーツの最前線の現場で
理学療法士として活躍する
彼島さんと和田先生。
二人の想いを語り合うスペシャル対談を
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